結論から言えば、ベネズエラには環境教育など存在しなかったということだ。
学生最後の春休みを利用して、女単身、南米のベネズエラを訪れた。環境活動に関する自分の道を模索している時、雑誌の記事に目が留まった。JICAの青年海外協力隊員として環境教育の分野でベネズエラに派遣されているライターのレポートである。環境に携わるのならば、現場を知らなくてはならない。無謀ながらも会いに行くことにした。
着いた先は首都カラカスから6時間ほど離れた小さな村マリパ。まず驚くのは、村中に散乱するカラフルなごみだ。落葉と一緒で、誰も気に留めない。ここではごみへの考え方が希薄なのだ。集められたごみは、村の外に壮大に広がるサバンナへ捨てる。びんも缶も紙もごちゃまぜ。何が燃えて、燃えないのかも知らない。そもそもこの国ではごみは燃やしてはいけない。
二酸化炭素の存在を知らない彼らに有効な環境教育は何なのだろう。苦労して準備したワークショップも、面倒くさがりの国民性なのか中止になることが多いと言う。

植林のための種拾いのイベントに参加したが、参加者は種をたくさん拾うこと、その後に無償で与えられる食事のことだけに精一杯で、何の為に種を拾うのか考えることもなかった。
<写真:右>種拾いのイベント。国がバスと食事を無償で提供してくれる。そのたびに彼らは大量のプラスチックごみを排出する。必要なのは環境教育よりもまず人間教育だ。日本の教育は問題点もあれど、物事の善悪を判断できる思考を身に付けられるという点だけで素晴らしい。我が国の環境教育を語る前に知るべきことがまだあるように思う。
<写真>広大なサバンナのごみ捨て場。
燃やすことは禁止されているが、定期的に火をつけているという。
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