小学5年生になる息子とは色々な場所に出かけていますが、同時に色々な物を毎年育てています。カブトムシを幼虫から育てたり、カイコを飼ってサナギにして糸を紡いだりと、毎年何かしら育てるということをしています。
今年取り組んでいるのは稲づくり。先日学校からJAの「バケツ稲セット」をいただいて来ました。種もみを発芽させてバケツの中で苗から育てるというものです。水に浸けていた種もみも無事に発芽し、バケツに植え替えて少しずつながら順調に育って来ています。気分が出るようにと小さな案山子も作り、毎日水の量が減っていないか確かめているんですよ。
しかし、息子の様子を見ているとどうも一生懸命になっていない気がします。生き物や植物を育てるのが大好きな息子なのに、どういうわけか苗が成長して行くことに関して目が輝いていない。どうしてだろう?
息子にそれとなく聞いてみると、どうもバケツで育っている苗を見ていても田んぼで出来る苗や稲を連想することが出来ないらしい。春先には水が張られた田んぼを見て、初夏には田植えの後の青々とした田んぼを見て、秋には黄金色に輝く稲を見るなど、季節毎に出かけた先で田んぼを見ている息子にとっては「田んぼで作るのが稲」という感覚が強いようなんです。ベランダのバケツで育っている苗は、どうも感覚的にしっくりこない。そんな感じなんだろうなと思います。また、「お米は食料としてのお米」という感覚も強いようで、ベランダで実験のように稲を育てることに対しても違和感を覚えているようです。
子どもの考えることや感じることは、子どもそれぞれによって違うんだなと改めてそう思いました。
今月末には、学校の授業の一環で息子たちが農家にお邪魔して田植えを経験して来ます。田植えを経験することによって、ベランダのバケツ稲にも興味が向くのか向かないのか。息子にとっての良い経験が今年も続きます。

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